大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

神戸地方裁判所 平成元年(レ)30号 判決 1990年1月26日

控訴人 永井勇

右訴訟代理人弁護士 柳田守正

同 菅尾英文

被控訴人 公益興産株式会社

右代表者代表取締役 冨田慎一

右訴訟代理人弁護士 森川正章

主文

一  原判決を取消す。

二  被控訴人は、控訴人に対し金五二万六八三六円及びこれに対する昭和六一年五月一八日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は第一・二審とも被控訴人の負担とする。

四  この判決の第二、三項は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

主文第一ないし第三項

と同旨の判決及び仮執行の宣言

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

との判決

第二当事者の主張

一  請求原因

1  永井乕一(以下「乕一」という。)は、姫路市光源寺町三一番一(以下、地番のみで表示する。)宅地二三七・九一坪を所有していたところ、同土地は、昭和二二年九月一七日、中播都市計画事業姫路復興土地区画整理事業施行者により仮換地指定を受けた。その後、三一番一の土地は、昭和二六年八月七日、別紙物件目録記載の従前地(以下「本件従前地」という。)と三一番一宅地一四七・九〇坪の土地に分筆された。

2  乕一は、昭和二六年七月三日、本間とみゑ(以下「本間」という。)に対し本件従前地に照応する仮換地(以下「本件仮換地」という。)を売り渡した(本件従前地の本間に対する所有権移転登記の日は同年八月七日)が、本間との間で本件従前地が換地処分される際に交付される清算交付金(以下「本件清算金」という。)について何らの合意もしなかった。

3  本件仮換地は、その後転売され、被控訴人が昭和四三年五月一一日にこれを買い受けて所有していたところ、昭和五九年九月二二日、別紙物件目録記載の土地として換地処分され、被控訴人が本件清算金として五二万六八三六円を受領した。

4  ところで、清算交付金制度は、区画整理事業により換地処分がされ、その換地の価額が従前地よりも低い場合、従前地の権利者が損失を被ることになるので、この不公平を是正するために設けられたものであるから、仮換地指定後、換地処分がされるまでの間に仮換地に対する権利移転の目的で従前地の売買がされた場合、売買当事者間において、清算交付金について何らの合意をすることなく仮換地の価額によって売買代金が決定され、その後、仮換地につき換地処分がされたときは、清算交付金は売主に帰属する。

5  乕一は、昭和三六年九月一四日に死亡し、同人の子である控訴人が本件清算金の受領権を相続した。

6  控訴人は、被控訴人に対し昭和六一年五月一七日到達の内容証明郵便による書面で本件清算金五二万六八三六円の返還を求めた。

7  よって、控訴人は、被控訴人に対し不当利得返還請求権に基づき五二万六八三六円及びこれに対する右請求の翌日である昭和六一年五月一八日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

なお、被控訴人の主張1ないし3は争う。

二  請求原因に対する認否と主張

1  請求原因1のうち、乕一が三一番一の宅地二三七・九一坪を所有していた事実は認めるが、その余は知らない。

2  同2のうち、本間が昭和二六年七月三日に乕一から本件仮換地を買い受けたことは認めるが、その余は知らない。

3  同3の事実は認める。

4  同4の主張は争う。

5  同5のうち、乕一が昭和三六年九月一四日に死亡した事実及び控訴人が乕一の子である事実は認めるが、その余は争う。

6  同6の事実は認める。

(被控訴人の主張)

1  換地処分による清算交付金制度は、土地区画整理という公共事業による所有権の侵害から生じる従前地と換地との評価の不均衡を金員の交付により是正する制度であるところ、清算金を交付するか徴収するかは土地区画整理事業の最終段階で初めて判明するので、清算交付金請求権は右時点における土地所有者に対して発生するものである。本件従前地は換地処分のされた昭和五九年九月二二日の時点では被控訴人の所有であるから右請求権は被控訴人に対して生じるのであり、控訴人に対して生じるものではない。

控訴人は、乕一と本間との本件仮換地の売買契約の際、清算交付金についての合意がなかったことを理由に乕一に清算交付金請求権が帰属する旨主張するが、右主張は、清算交付金が換地によって生じる従前地の所有権の侵害に対する補償であることを理解しないで、これと仮換地予定地の売買当事者間における利害調整の問題とを混同するもので、失当である。

2  仮換地が売買された場合、清算交付金請求権が仮換地の売主に帰属するとしても、それは当該売買当事者間の問題であり、買主以外の第三者に対しては主張できない。仮換地を売買する場合、仮換地指定により将来換地される面積が従前地の面積より減少することが確実であるときは、売買価額は、従前地の公簿面積によらずに現実に使用収益できる仮換地の実測面積によって決定されるのが通常であるから、売主が公簿面積と仮換地の実測面積との差額分を取得しないと売買当事者間で不公平が生じるので、特約のない限り売買契約の解釈として売主に清算交付金が帰属するものといえるが、売買契約は債権的効力しかないから何ら法律関係のない第三者に対して主張することができない。したがって、控訴人は、被控訴人と乕一との間には何らの法律関係もないので、被控訴人に対し本件清算金の取得を主張することができない。

3  仮に、仮換地の売主に清算交付金請求権があるとすれば、自己に清算交付金請求権があると信じて当該仮換地をその取得者から転売等により取得した善意の第三者を保護すべきである(民法九四条二項の類推適用)。ちなみに、従前地との仮換地の価値が同等で清算交付金の発生の有無が判然としない場合には、従前地と仮換地のどちらを基準にして価額を決定したか判らず、また当事者としてもわざわざ僅かな金額の清算をすることを考えずに価額を決定する筈である。そうだとすると、自己に清算交付金請求権があると信じて、仮換地の取得者からその仮換地を購入した第三者は、保護される必要がある。被控訴人は、本件仮換地を買い受けた際、売主から本件清算金を被控訴人が取得する旨告げられ、これを信頼して本件仮換地を購入した。したがって、被控訴人は、善意の第三者として保護され、本件清算金を取得できる。

第三証拠関係《省略》

理由

一  請求原因1のうち、乕一が三一番一宅地二三七・九一坪を所有していたことは当事者間に争いがなく、《証拠省略》により同土地が昭和二二年九月一七日、土地区画整理により仮換地指定を受けたこと、三一番一の土地が昭和二六年八月七日、三一番一の土地(一四七・九〇坪)と本件従前地(九〇・〇一坪)に分筆されたことが認められる。

二  次に、乕一が昭和二六年七月三日に本件仮換地を本間に売却したことは当事者間の争いがなく、その事実に、《証拠省略》によると、本間は、乕一から分筆前の三一番一の土地の仮換地のうち、七〇坪一勺(本件仮換地)を買い受けることにして、昭和二六年六月中旬頃、右土地を現実に見分し、同年七月三日、乕一とこれを代金を一四万円(七〇坪として一坪当たり二〇〇〇円)で買い受ける契約を締結したこと、そして、乕一は、同年八月七日、三一番一(二三七坪九合一勺)三一番一(一四七坪九合)と三一番三(九〇坪一勺)に分筆し、同日、右売却部分(本件仮換地)に対応する従前地として三一番三につき本間名義に所有権移転登記を経由したこと、本件従前地が右売買にかかる本件仮換地よりも二〇坪多く一・二八倍余り広いが、右売買当時、換地処分の際に交付される清算交付金の額が判らなかったこともあって、乕一と本間との間において本件清算金については何の取り決めもしなかった(右売買の契約書中には本件清算金に関する記載は全くない。)ことが認められる。

三  そして、本件仮換地は、本間から順次転売され、昭和四三年五月一一日、売買により被控訴人の所有となったこと、本件従前地につき、昭和五九年九月二二日に本件仮換地を別紙物件目録記載の土地とする換地処分がされ、その清算交付金として五二万六八三六円が被控訴人に交付されたことは当事者間に争いがない。

また、乕一が昭和三六年九月一四日に死亡したこと、控訴人が乕一の子であることは当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、控訴人が遺産分割協議により乕一の全財産を相続したことが認められる。

四  ところで、土地区画整理による換地の際の清算交付金制度は、換地処分によって取得する土地の価値が従前地のそれよりも低い場合には従前地所有者に金銭を交付することによってその不均衡を是正しようとする公平の観点から設けられたものであるところ、従前地について仮換地指定後、換地処分がされるまでの間にその土地を売却した場合の清算交付金請求権の帰属については、清算交付金制度が右のとおり公平の観点から設けられたものであるから、当事者間において清算交付金の取得に関して合意がある場合には、その合意に従うことになるが、その合意がない場合には、将来換地処分がされたときに交付される清算交付金の額を土地の価額に加算して売買価格が決定されたか否かを検討し、加算されているときは清算交付金が買主に、加算されていない(仮換地そのものの価格によっている)ときはそれが売主に帰属すると解するのが相当である。

そして、清算交付金が売主に帰属する場合に他の者が土地区画整理事業施行者からその清算交付金の交付を受けたときは、売主は、その者に対して不当利得返還請求権に基づきその返還を求めることができる。

五  清算交付金の帰属については、右のとおりであるところ、前記認定の事実によれば、本件清算金請求権は、売主である乕一に帰属したものとみるべきであり、したがって、受領権限がないのに本件清算金五二万六八三六円の交付を受けた被控訴人は、乕一から本件清算金請求権を相続した控訴人に対し不当利得として右金員を返還する義務がある。なお、清算交付金請求権は、仮換地に対する権利とは別個のものであるから、仮換地に対する権利が移転されたからといって影響を受けるものではなく、本件清算金請求権は、本間が本件仮換地に対する権利を他に移転しても乕一及び同人を相続した控訴人において取得するものである。

六  被控訴人は、本件仮換地を取得した者から自己に清算交付金請求権があると信じて本件仮換地を購入したから、善意の第三者として保護されるべきであると主張するが、土地区画整理事業施行者との関係はともかくとして仮換地に対する権利があれば(従前地につき対抗要件を備えていても)、通常当然に清算交付金請求権が付随しているとはいえないし、被控訴人において、本件仮換地を買い受けた際、売主から本件清算金請求権も取得できると聞いてそれを信じたとしても、控訴人の責任で被控訴人が本件清算金請求権を取得できる外形を作出したとか、その外形があるのを知りながら放置したとかの事実が認められないし、その他特に控訴人の本件清算金に対する権利を排除して被控訴人が自己に本件清算金請求権があると信じたことを保護しなければならないような根拠は見当たらない。

七  以上のとおりであるところ、控訴人が被控訴人に対し昭和六一年五月一七日に被控訴人が受領した本件清算金五二万六八三六円の返還請求をしたことは当事者間に争いがないから、被控訴人が控訴人に対し不当利得として右金額及びこれに対する右請求の日の翌日である同年同月一八日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払義務がある。

よって、控訴人の請求はすべて理由があるのでこれを認容すべきところ、これを棄却した原判決は相当でなく、本件控訴は理由があるから民訴法三八六条により原判決を取消し、同法九六条、八九条、一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 長谷喜仁 裁判官 將積良子 横山巌)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例